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最近思いますが、政治家も官僚も国民がその能力ややる気を見越して選任し、権限を委譲し高い報酬を払っているのだと思いますが、昨今はその期待に見合う人が何人いるのでしょうか・・・・

とにかく保身が最優先で、命懸けで国や国民を守ろうとする気持は皆無のような気がします。
原発問題も今がよければいいのであって、将来、生活するのさえ困難なくらい放射能汚染が深刻化しても、核廃棄物の処分場に困り果てようと知ったことじゃない~そんな無責任な人ばかりが目に付きます。

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見ざる聞かざる言わざる~国民は何も知らなくていい、ただ言われたとおりにして大人しく税金だけ払っていればいいのだ・・・・
そんな高慢な声が今にも聞こえてきそうな気がします。

「何が秘密かは秘密です」というパラドックスのようなカオスのようなこのままでいると怖ろしい世の中になりますね。


都知事の借り入れ金のことで問題になっていますが、それ以外に97名もの政治家が献金・融資を受けているそうです。
政治家とは何なのだろうと思ってしまいます。

「今がよければいい、自分さえよければいい」そんな人ばかりではあまりにも哀しいですね。

今日のスカイツリーは赤くライトアップされていました。

スカイツリーからレッドカードが突きつけられたかのように感じています。


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今年の流行語大賞の候補がノミネートされたようです。

予想では今年は激選必至とかで、どうなりますことか~

暗い世相を反映したか、あまり明るい候補は少ないようで、初めて聞くフレーズも多々あります。

「倍返し」「お・も・て・な・し」「今でしょ」「じぇじぇじぇ」等が有力候補のようです。

「集団的自衛権」「NSC」「特定秘密」「汚染水」「ブラック企業」「限定正社員」「追いだし部屋」「ナチスの手口に学んだら」「ご当地電力」等社会ネタも少なくらずノミネートされているようです。

「アホノミクス」「コントロールされている」も入っているのですね。


私的には小泉さん流に「原発ゼロは、いつやるの」「今でしょ」が一押しです。




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昨日は小春日和のようなポカポカ陽気でしたので、江戸川周辺の散策に出かけました。

柴又から「矢切りの渡し」に着くと、結構乗客で一杯な様子です。

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向こう岸から少し奥に入った所には、

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野菊の墓の文字碑が建っています。

千葉県出身の作家、伊藤左千夫さんの有名な小説ですが、何故か私は読んだことがありません。


シンプルながら叙情的な「野菊の墓」を跡に、矢切駅方向に進み前に何回が訪れたことがある小塚山に足を伸ばしました。

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久しぶりですが、以前と変わっていないようです。
住宅街の中にある公園ですが、ちょっとした自然を感じさせる空間です。
鳥や昆虫も多く生息しているようで、以前立派なクワガタに出会いました。

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来た道を辿っ「矢切りの渡し」まで戻ります。

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やはり帰りには柴又の帝釈天の参道に戻り、

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寅さんでお馴染みの「とらや」に寄ることに~

映画「男はつらいよ」はこの「とらや」と近くの「高木屋」がロケで使われたようで、「とらや」の店先にはそのことが触れられています。

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名物の草団子を買い、岐路につきました。


天気が良かったこともあり、身近なフィールドの散策もいいものですね。

小泉元首相が「原発ゼロ」を訴え、講演会等で原発再稼動や海外輸出に積極的な安倍政権に政策転換を促す発言を繰り返しています。

かっては原発推進者だった小泉氏ですが、フィンランドに建設中の使用済み核燃料の最終処分場を視察した経緯を踏まえ、地震の多い日本では処分場建設は不可能だと指摘し、原発推進派を無責任だと批判しています。

一方、安倍氏の方は、小泉氏が「原発ゼロ」を訴えていることについて「日本は島国だ。ドイツは原発はやめても、原発政策を維持するフランスから電気を買うことがでる。日本はそれができないことを含めてエネルギー政策を考えなければならない」と原発維持の方針を強調している。
そして「原発の比率は落としていく方針は決めている」として上で「今の段階でゼロを約束することは無責任だ」指摘した。

どちらも無責任という言葉を用いていますが、どちらが無責任であることは明白ですね。

電力が必ずしも原発に賄われていないことが判明されている現在、使用済みの核廃棄物の処分場に困窮している現状(見つかればよいという問題では絶対にない)、原発事故の収束には程遠い状況であり、第二、第三の事故が起こる可能性も高く、放射能汚染が国家の存続を危うくしている等の点を考え合わせ、原発推進こそ「無責任」であると思います。

それにしても小泉氏や山本太郎氏以外の誰からも原発についての提言や発信がないのはどうしたことか・・・・

過半数の国会議員は、汚染水はコントロールされていると信じているのだろうか・・・・

友人が海外に移住することになりました。

とても可愛らしく素敵な女性で、移住に至った経緯はここでは差し控えますが、決意するにはいろいろ葛藤もあったことと思います。

あえて新天地を求めて旅立つ彼女に、幸多かれと心からエールを送りたいと思います。
遠く離れても大事な友人であることにはなんら変わりありません。



その一方、素敵な方たちと出会いも少なからずあります。

私は多趣味なため、特定の枠に収まることはできず、ホームページのコンテンツもカオス状態ですね。(笑)

仲間と行くカラオケは大好きで、ギターはこれまで一人の弾き語り専門でしたが、仲間と一緒と音楽を楽しむのもいいと思ったりしているところです。





今はどんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ

旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今夜は果てしもなく
冷たい雨が降っていても

めぐるめぐるよ時代はめぐる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ

まわるまわるよ時代はまわる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって 歩き出すよ

今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって 歩き出すよ



異国に旅立つ彼女の前途を祝い、そして新に出会った素敵な仲間たちに乾杯!

TVはほとんど見ませんし、芸能界の話題も興味がありませが、みのもんたさんへのバッシングが続いているようですね。

私はみのさんのファンでもありませんし、その人となりもよく知りません。

ただ、その異常なバッシングの嵐にイジメの対象を見つけると寄って集って攻撃する体質はどうにも好きになれないでいます。

古いところでは、中東で人質になった高遠さんら3人に対しての非難・中傷は凄まじかったと記憶しています。
「自己責任」なんていう言葉が使われたのはこの時ではなかったでしょうか・・・

それ以外でも政治家の小沢一郎さん、生活保護の問題では河本さん、直近では山本太郎さんもそうですね。

子供のイジメが社会問題になり、それが原因で幼い命が奪われる悲惨なニュースが後を絶ちません。

自分が子供の頃は、そこまで陰湿なイジメはなかったように思いますし、あったとしてもそれを助ける仲間達が身の回りに多々いたのだと感じます。

今はイジメの対象になった子を助けると、今度は自分がイジメの対象になるのが怖くてイジメに加わるという意識もあったか、文字どおり救いのない熾烈なイジメが展開されるようです。

集団で人間サンドバックのように攻撃する・・・・そこに人間らしさはまったく存在しません。

大人がそうなのですから、子供のイジメがどうこうと言う資格がないように思います。

悪いことを指摘するのはいいとしても、陰湿に執拗にバッシングを続けることは醜悪だと感じます。
心が病んでいますよね。




いつも何度でも


呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心躍る 夢を見たい
悲しみは 数え切れないけれど
その向こうで きっとあなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびに ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしない 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける

さよならの時の 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる
生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう
悲しみ数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の その中にいつも
忘れたくない ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される

はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ
海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしの中に みつけられたから




ジブリ作品で一番好きな曲です。

前々回まで2回に亘りブログでご紹介しました隅田川アートプロジェクト・・・・今回はその番外編的な内容です。


既にご紹介したアートベンチの作品である「ササエル」・・・

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大人から子供までが強力して懸命に支え合っている構図です。


実は同じアートベンチ作品にもう1点「ササエル」があります。

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両手をついて踏ん張っている人の足を持った人が支えています。

人はその字のように支え合っているのですね。
それなのに、前回の「ササエル」では人たちを上から圧力をかけて潰そうとするような、今回の「ササエル」では後ろの人がいきなり手を離して突き崩すような・・・・昨今の日本は急速にそんな自己責任どころか弱者切り捨てにギアを入れています。

生活保護枠の縮小、年金・児童手当の減額、介護基準の引き上げ、高齢者の医療費や難病等の高額療養費自己負担額・・・・

少子高齢化に伴う社会補償費のためといいながら、おそらく国民のためには使われないでしょう。

アンパンマンではないですが、困っている人を救わないでどうするのでしょうか!


環境アート作品に「は・は・は」という作品があります。

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「もしスカイツリーに葉っぱがあったら」をモチーフに制作され、巨大な葉を造形化したものです。

今の日本は子供たち受難の国と化していますが、沢山の子供たちが走り回るこの公園が、様々のコミュケーションの場となり、子どもたちの明るい「はっはっは」という笑い声が聞こえるようになるといいですね。




悲しみが時を刻んでいる


どうして人はやさしくなれないのかと
時々思う
そんな私がいつも子供たちには
にくらしい言葉を口にしている

自分だけが幸せになればいいと思うのが
ひとだとしたら
どんなに今が平和に見えても
心は虚しい戦場

悲しみが 時を刻んでいる
同じ時間が 流れている
どうか やさしさ どうか
どうか やさしさ どうか

みんながやさしくなればいいと思っても
戦場はある
それも少年までが銃を手にして
ガレキの国に いのちを捨てる

涙があふれていた彼らの元へ誰よりも
大きな幸せを
まだあどけないひとみのかがやき
全ての心に届けて欲しい

悲しみが 時を刻んでいる
同じ時間が 流れている
どうか やさしさ どうか
どうか やさしさ どうか

悲しみが 時を刻んでいる
同じ時間が 流れている
どうか やさしさ どうか
どうか やさしさ どうか


みんなが支えあう世の中を守りましょう!

どうか やさしさ どうか・・・・