「ABE is OVER」「ピース・ウィル・カム」~ライブで充実した連休だった。

春の三連休が終わった。

今年はライブを中心に終わった感があり、お彼岸の墓参りにはやっと今日行くことができた。

20日は「ABE is OVER」と題したライブが開催され、私も飛び入り参加で数曲歌って来たところである。
私が歌ったのは「私たちの望むものは」「時代」「さよならは●●への言葉」の3曲。

ABE is OVERⅠ

「私たちの望むものは」

私たちの望むものは 生きる苦しみではなく
私たちの望むものは 生きる喜びなのだ
私たちの望むものは 社会のための私ではなく
私たちの望むものは 私たちのための社会なのだ
私たちの望むものは 殺し合いをすることではなく
私たちの望むものは 手を取り合って生きることなのだ
私たちの望むものは 監視されることではなく
私たちの望むものは 自由に暮らせることなのだ

今ある不幸せに とどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは 沖縄を見捨てることではなく
私たちの望むものは 沖縄を取り戻すことなのだ
私たちの望むものは 何処かの国に支配されることではなく
私たちの望むものは 私たちの国の自立なのだ

今ある不幸せに とどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは 一億総活躍火の玉なんかではなく
私たちの望むものは 一人一人の大事な人権なのだ
私たちの望むものは ●●●●●●と生きることではない
私たちの望むものは ●●●●●●とさよならすることである

今ある不幸せに とどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは
私たちの望むものは


他の出演者は歌もギターも上手く、オリジナルの曲を披露する人が多かったけれども、私は私自身がそうであるように、知っている曲を聴きたい・歌いたいということのニーズを念頭に選曲した次第。

拙い歌であっても歌詞に賛同をしていただいたり、一緒に唱和してもらったりしたのは幸甚であった。

このライブは毎回ユニークな新しい試みが盛り込まれ、他のライブとはひと味違う点が大変素晴らしいと思う。

ABE is OVERⅡ

ラストはIKEDOWさんが迫力ある渾身のステージでばっちりと決め、ライブは終了!

この後の打ち上げ飲み会がまた格別で、泡盛を中心に(ビール党で日本酒系統は苦手な私は手を出さなかったが)ご馳走が並び、話も盛り上がり楽しい一日であった。


翌日の21日は「ピース・ウィル・カム」というライブに招待されていてどうしたものかと迷っていたが、中川五郎さんが出演、そして地元の墨田区で開催という。
それに前日の「ABE is OVER」で私のファンになっていただいた複数の方たちが同行したいということもあり、参加を決めた次第。

「ピース・ウィル・カム」はそのタイトルのようにアットホームな感じの同窓会的な雰囲気だった。
墨田区で教師を務めていた川原氏とその教え子たちによるライブという雰囲気で、先生も生徒も音楽的に素晴らしい。
このような型破りの教師が同じ墨田区にいらしたことは実に感動的で、生徒たちはとても恵まれていたと思わずにはいられない。

ピース・ウィル・カムa

ピース・ウィル・カムb
川原氏が涙ぐみながらもう一人の方と披露した、教え子を戦場に送る悲しみを歌った曲はじんと来るものがあった。

ピース・ウィル・カムc

そして最後は中川五郎さんが登場!
前回の反戦ライブとは少し趣が違う五郎さんであったが、そこは五郎さんの懐の深さなのだろうと感じる。
ライブ終了後に五郎さんと堅い握手を交わして開場を後にした。

今回のライブに誘ってくれた無頼庵氏は体調不良により疲労困憊のようであったが、帰りがけにぶらいあんずのメンバーで軽く一杯やりながら、街宣音楽隊の活動も含めて楽しく意見交換をした。

私見ではあるが歌に対する思いはそれぞれに違うのだろうけど、反戦歌もプロテストソングも生活の歌もラブソングも括りをつける必要はないように感じた。
昨今のように平和が著しく脅かされている状況下では、プロテストソングしが聴きたくない歌いたくないと感じている人も少なくないだろう。
私も多分それに近い気持ちは持っているが、過度に狭義に陥ることは避けたいとも感じてもいる。

但し、極めて危ない流れが進行中であることは間違いなく、我々は言葉でも歌でもその思いを最大限に伝えていかなくてはならないと感じている。